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Research Topics / 研究トピック

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聴覚障がい者と健聴者、互いの理解を促進するコミュニケーション支援システム

Honda CA(Communication Assistance)システム

健聴者と聴覚障がい者がストレスなくコミュニケーションをとるためには何が必要なのか。音声をリアルタイムで文字化するシステムの開発は他企業でも行われていますが、HRI-JPのシステムにはさまざまな特長があります。

Honda CA(Communication Assistance)システム

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音声認識で、聴覚障がい者と健聴者のコミュニケーションを支援

Honda CA(Communication Assistance)システムは、聴覚障がい者と健聴者の間のコミュニケーションを支援するシステムです。健聴者がマイクから音声を入力すると、テキストに変換して画面に表示。聴覚障がい者の人が画面に書き込むこともでき、双方向のコミュニケーションが可能になっています。

本田技研工業株式会社の特例子会社であるホンダ太陽株式会社(以下、ホンダ太陽)では、多くの障がい者が現場で働いています。従来、聴覚障がい者と健聴者のコミュニケーションは手話か筆談で行われていましたが、手話が使える健聴者は限られ、筆談になると要点だけ伝えるために情報量が少なくなる、また筆談者も筆談に専念しなければならず会議に参加できないといった問題がありました。

こうした現場の困っている声がHRI-JPに届き、Honda CAシステムの研究開発は2016年にスタート。早速翌年、プロトタイプを構築し、現場に持ち込みました。しかし、研究環境では認識できていた音声が現場ではうまくできず、厳しい評価をいただくことに。そこから、現場と一体となって取り組むことが大事であるという考えのもと、ホンダ太陽と一緒に改善を重ねました。

性能が改善した結果、ホンダ太陽の他にも、本田技研工業の4事業所にHonda CAシステムを導入、性能検証を実施しています(2021年8月現在)。さらにホンダグループ全体への展開を目指し、現在も研究開発を続けています。

音声認識技術は、すでにスマートフォンなどでも一般的に使われていて、基礎研究で扱うようなテーマではないと思われる方もいらっしゃるかもしれません。実際、深層学習の登場もあり、この分野は一気に実用化の研究開発が進み、多くの音声認識サービスが登場しています。

しかし実際に現場で利用してみると、まだまだ誤認識が多い状況。Honda CA システムを導入するには、このような一般的な音声認識サービスが抱える問題を解決する必要がありました。そこで、以下では、Honda CAシステムの特長に触れてみたいと思います。

 

現場で役立つことを何より大切にしている、Honda CAシステムの特長

Honda CAシステムの大きな特長は、現場での会話データをきちんと取得し、認識の学習に使っていること。これは人手に頼る部分が多い泥臭い作業ですが、特に音声認識システム導入の初期段階では、いかに現場に即したデータを認識モデルの学習に使えるかが鍵になります。この結果、専門用語も正確に認識できるようになり、いまではホンダ太陽の朝礼で欠かせないツールとして使われ続けています。

技術的には、正確さを優先するシステムと、速度を優先するシステムの2つが並行して動作していることがひとつの特長となっています。正確さ優先システムでは、発話された音声全体に対し、時間をかけて処理を行うことで良好な認識性能を確保しています。一方、発話が終わらないと結果が表示されないため、表示される頃には話題がかわってしまうなどタイムリーさに欠けます。

速度優先システムではこの欠点を補うため、認識性能は多少劣化しますが、発話を逐次的に処理して、発話から2秒以内に結果を表示します。認識結果は、後から正確さ優先システムで得られる、より正確な結果で上書きしていくことで、正確さと速度を両立するよう工夫しています。

従来、聴覚障がい者の側には、健聴者への遠慮がありました。筆談で良くわかっていなくても、何度も聞き直すのも悪いと思い、わかったふりをしてしまうことがあります。しかし、Honda CAシステムの導入により、議論の結論だけでなく、背景や経緯まですべての情報を把握できるようになった結果、自分の意見も伝えやすくなり、働くモチベーションが向上したといいます。

基礎研究と現場展開の両輪こそが鍵を握る

基礎研究を担う民間の研究所で、ここまで現場に近い取り組みを行っているのは、かなり珍しいことかもしれません。ですが、これがHRI-JPの大きな特長でもあります。

私たちは、基礎研究と現場展開を「人によりそう人工知能」の両輪と考えています。もちろん、基礎研究は重要です。Honda CAシステムのベースには、HRI-JPが設立以来ずっと研究し、培ってきた音の理解に関する研究成果があります。将来、技術をさらに良いものにするためにも、今後、基礎研究を続けていく必要があるのは間違いないでしょう。

その一方で、せっかく高度な技術があるのだから、それを活用しない手はない。「現場で得られる質の高い貴重なデータを研究にフィードバックし、性能を向上させる。その技術を本当に必要としている人たちのところで使ってもらう。さらに、その結果や得られるデータを研究にフィードバックする」——こういったスパイラルをうまく回していくことが、「真に使える技術」につながる研究であると考えています。

目指すのは「コミュニケーション支援技術のライフライン化」

今回はまず音声認識技術を適用しましたが、この研究のゴールはもっと先にあります。それは、人と人との相互理解をさらに深めるということ。

聴覚障がい者との仕事に慣れていない健聴者の多くは、聴覚障がい者が抱いている思いや考え方の違いを理解していない、そもそも理解しようという考えも及ばない。しかし、Honda CAシステムのようなコミュニケーションツールを提供することで、健聴者側にも、聴覚障がい者を理解しようという行動を起こすきっかけを提供することができます。

もちろん、システムの導入だけでこうした問題が完全に解決するわけではなく、各現場での取り組みも必要です。そうした行動を喚起するために、聴覚障がい者だけでなく、健聴者も対象にしたチュートリアルビデオを用意しており、Honda CAシステムの導入時に一緒に展開するようにしています。

また、先天的な聴覚障がい者の方の多くは、手話がネイティブで、テキストを読むのが苦手です。発言した内容を単にテキスト化しても理解しにくいため、要約する機能をつけてほしい、手話を認識できるようにしてほしいなど、現場からはいろいろな要望が出ています。今後、こうした要望に対応する研究開発を通じて、人と人との間を取り持つ手助けが促進できれば、と考えています。

私たちが目指しているのは、Honda CAシステムを発展させて、将来的には「コミュニケーションのライフライン」と呼ばれるような存在にすること。水道や電気はあるのが当たり前で、ほとんど意識しないものの、なくなるとすごく困ります。Honda CAシステム、ひいては「人によりそう人工知能」も、いずれは存在を意識しないくらいに必要不可欠なものにならないといけない——そう考えて取り組んでいます。

Voice

住田 直亮

「技術は人のためにある」がホンダの理念のひとつ。技術を現場に持って行くことで、ユーザーから手厳しいことを言われることもありますが、役立つと喜んでもらえるので、非常にやりがいがあります。それが前に進もうというモチベーションになっています。

開発だけ、もしくは研究だけやっている企業や研究施設は多いですが、その両方を深いところでやれるのはHRIならでは。現場の問題にしっかり対応できて、なおかつ基礎研究として本質的な問題にもチャレンジできる。そういう環境にやりがいを感じています。