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研究内容

研究プロジェクト紹介

HRI-JPで進めているプロジェクトをご紹介します。

Intelligence Science

知覚と認識の高度な適応性のしくみを解き明かす

HRI-JP シニア・サイエンティスト 仁科繁明

イメージ画像:知覚と認識の高度な適応性のしくみを解き明かす

1. 脳を特徴づけるのは、その極めて高度な適応性にある
イメージ画像:脳を特徴づけるのは、その極めて高度な適応性にある

我々は外界から切れ目なく流れ込んでくる様々な感覚情報に常にさらされています。感覚器官を通して入ってくるその情報は膨大であるばかりでなく絶えず変化していて同じ瞬間は二度とありません。脳はその中から必要な情報を拾い出して処理し、我々の身体が適切に行動できるよう指令します。これだけでも驚くべきことですが、脳はただ情報を処理するだけでなく、必要に応じてより効率良く行動できるように情報処理を変化させています。この適応性によって未知の状況にも柔軟に対応できるのです。しかし、情報の流れの中には必要なものもあれば不要なものもあります。不要な情報にまで適応してしまうと、脳の処理は不安定になってしまうでしょう。何に適応すべきで何に適応するべきでないかを巧みに処理し分けているのです。

このような高度な適応性を持つ知性を人工的に作ることは現時点では不可能です。特定の状況を設定して、その中で行動を最適化するような学習を機械にさせることはできますが、未知の状況に対して安定性を維持しながら適応するというのは非常に難しい問題なのです。この謎を解明することができれば、脳の働きの理解が拡がるだけでなく、環境の中で行動する人工的な知性を大きく進化させることにつながるでしょう。現状ではすぐにそのゴールには到達することはできませんが、脳のこの適応的情報処理の本質を探り続けることが真の知能を理解するための最も重要なアプローチだと考えています。

2. 人の知覚と認識の適応性の中に真の知能への手掛かりがある

注意深く設計した実験をすることで、脳が持つこのような高度な適応性のしくみを解明するためのてがかりを得ることができます。単に何かを見せて成績を調べるというようことをしてもあまり大したことは分かりません。神経科学や情報科学の知見、計算論的妥当性などを考慮し、脳が行っていると考えられる情報処理を具体的な仮説として設定した上で、空間的、時間的な条件や、課題による負荷など様々な要素をパラメータとして変化させる実験が必要です。得られた入出力関係を仮説と照らしあわせることによって、人つまり脳のふるまいの細部を明らかにしてきます。行動計測と同時にfMRIなどを使って脳活動を直接測定したデータも利用し、設定した仮説の内部パラメータとの整合性を確認する場合もあります。目的は人と脳という高度な情報処理系をシステムとして理解することです。このような手法で得られる知見を積み重ねていくことで、将来的には変化する環境の中で人のようにふるまうことができる、真の知能を持つ機械を作るための基礎理論へとつなげていきたいと思っています。

図:注意を向けていない対象に対する適応
3. 環境と社会、人と脳と機械の関係性を見つめる

このプロジェクトでは人を直接の研究対象としていますが、人は環境の中に存在して社会を構成し、それぞれが持つ脳は直接的あるいは間接的に相互作用をしています。知覚と行動がその相互作用のインターフェースとなっているわけです。そこに流れる情報は意識的あるいは無意識的に処理されます。

最近では無意識的な情報処理の重要性を示す報告もありますが、その全容は解明されていません。私も視覚における無意識的な適応と意識的情報処理の相互作用について調べ、無意識的、つまり自動的な学習が、意識的な情報選択との時空間的近接によって規制されることを見つけました。これは安定性と適応性を両立させるしくみの一つだと考えています。しかしその神経メカニズムについてはまだ分かっていません。脳という複雑なシステムに理解するには、様々なアプローチで深く調べていく必要があります。

環境の中での人と機械の関係を考えることも重要です。機械も既に環境の中に存在する一員になっている現状で、機械がどのようにふるまうべきか、というのはとても大きな問題です。人の認識と行動のしくみを理解することは、機械が人に対してどのように相互作用すべきかを考えるためにも非常に重要なのです。

4. 問題は何か?常に本質を問い続けることが重要

基礎研究の分野では、成果の応用としてのゴールが研究を進めている途中には見えにくいことが多いのですが、それだけに、問題がいかに本質的であるかがポイントになります。人が世界を認識するしくみを考えたときに、何が人間を特徴づけているのか、そこで不思議なことは何なのかを明確にし、問うことが重要だと思っています。

純粋な基礎研究を対象とした企業による研究所というのは世界でも珍しい存在です。これはアカデミアに貢献するという意味だけでなく、企業として自ら物事の本質をしっかり解き明かしていこうという姿勢を示していると思っています。大学のように公的な研究費に依存しているわけではないため、より自由な発想が生まれてくる場所であることを感じます。このユニークな環境を活かして、新しい未来が見えてくるような成果を生み出していきたいと思っています。

仁科繁明(Shigeaki Nishina)
学校や本などを通して学んだ様々な知識は証明された「事実」だと思っていたが、大学で最先端の科学研究に触れ、それらの多くが実はまだ完全には解明されていないことを知って愕然とする。科学研究にとって「分かること」や「できること」以上に重要なのは「分からないことを見つけること」だと考えている。1999年京都大学博士。専門は実験心理学で、2009年よりHRI-JPにて知覚学習、視覚的注意、物体認識、表面知覚などを研究。
写真:仁科繁明(Shigeaki  Nishina)
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