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研究内容

研究プロジェクト紹介

HRI-JPで進めているプロジェクトをご紹介します。

Intelligence Science

脳の神経回路網から人間の「行動」と「認知」の機構を解明する

HRI-JP シニア・リサーチャ 庄野修

イメージ画像:脳の神経回路網から人間の「行動」と「認知」の機構を解明する。

1. 私たちが見ている色は脳の中にある
イメージ画像:出力駆動型情報処理

近年の神経科学は、人間の知覚が受動的ではなく能動的であることを示しています。人間の脳は外部の物理世界からの入力から絞り出される知識をテレビのようにただ受動的に映し出しているのではありません。脳は外部世界の様子を能動的に創造しているのです。

たとえば、白い光で照らされたトマトは赤く見えます。これは、トマトが赤い光を反射するからです。このように物体には、特定の波長の光を反射したり放出したりする固有の物理的な性質をもっています。一見ヒトはこの波長と色を対応づけて知覚しているように見えます。しかし、実際にはそうではありません。トマトに青い光で照らして赤い光が反射することがないようにしてやっても、人間はトマトを青くではなく赤いものとして知覚します。

脳は、その場にある全ての物の色を見て、それぞれの物がもつ本当の色を予測するのです。このように脳は、目に入る光の物理的な性質ではなく、予測によって色の知覚を創っているのです。これは色だけの話ではありません。音も匂いも脳の創り出した知覚の中にのみ存在しています。

2. 知覚は現実に対応した幻想である

クリス・フリス教授はこのような状況を指して「知覚は現実に対応した幻想である」と言っています。あるものを知覚するときには、脳はまず脳の内部にある世界のモデルに基づいて世界の様子を予測することから始めるのです。その予測と外の世界から目や耳や皮膚に入ってくる粗雑で曖昧な信号と摺り合わせてモデルを修正してより良いモデルを構築していきます。このようにして外部世界のモデルを構築するシステムでは、より良いモデルをつくるために使えるのであれば、どんな情報でも利用します。役に立つのであれば、視覚であれ聴覚であれ触覚であれ関係ありません。

脳のつくる予測と実際の信号を摺り合わせる過程では、人間の動作や行為が重要になります。私たちは身体を使って世界にはたらきかけ、何が起きるのかを見て予測を検証していきます。たとえば、どの方向から音が聞こえてくるのかを同定するときには、首を振ることが大きな助けになります。また、目で見るだけでなく、マグカップを実際に手に取ることによってその形状をより良く認識できます。

ここで強調したいのは、動作や行為が単により良い世界のモデルを構築することに役立つということだけには止まらないことです。こうして構築された外部世界のモデルは、行為によって世界に働きかけたときに世界がどのように変化するかを予測するのにも利用できるのです。このようなモデルは、がやがやとしてにぎやかな感覚の混沌の中で、人間がある目的を行動によって達成するのに大変有用です。

3. 自律的な神経細胞活動が世界を創る?
イメージ画像:大脳基底核の役割

それでは、脳はどのようなトリックを使ってこのような能動的なメカニズムを実現しているのでしょうか?残念ながらその答えはまだ出ていません。しかしそのヒントはあります。 人間の脳は、 膨大な数の神経細胞が複雑につながりあって形成される特徴的な構造をもったネットワーク、神経回路網です。脳が生み出す全ての心的現象は、神経回路網を構成する神経細胞の活動が基盤となります。実際、脳の中には感覚刺激を受けたときや、動作を実行したときに活動する神経細胞があることが知られています。

私たちが着目しているのは、感覚刺激や動作と直接的に関連づけるのが難しい神経活動です。この活動は、当初ノイズと解釈されていましたが、近年では神経回路網において自律的に生じる協調的な活動の一部であると言われています。この自律的な神経細胞活動こそが脳のもつ能動的なメカニズムの一端であると考えています。

そしてこの仮説を検証する第一歩として、脳の器官の一つである大脳基底核に着目しています。大脳基底核では、顕著な自律的な神経活動が観測されることが知られています。また機能的には、 大脳基底核は知覚と行為を連合学習によって結びつけていると考えられています。

これらの知見に基づき私たちは、大脳基底核は内在する自律的な活動を利用して、がやがやとして賑やかな感覚の混沌の中から、動作のコツやきっかけを能動的に見いだして学習するためのメカニズムであると考えています。このようなメカニズムのおかげで、人間は外部世界からの曖昧で粗雑な感覚信号のもとでもしっかりと行動できるのでしょう。

この仮説を機能的な側面と生理的な側面の両方から検証するために、生物学的なディテール、神経細胞の電気的な性質や神経細胞間の結合関係など、を踏まえた神経回路網モデルとして大脳基底核を計算機上に再構成し、神経細胞の動的な振る舞いをシミュレーション(計算機実験)することによってモデルの学習能力を調べています。

4. 変化する世界と人は調和しながら生きている

私たちが住んでいる社会はきわめて複雑な物です。毎日のように思いがけないことや予期していないこと、私たちの知識を超えることが頻繁に起きてしまいます。しかし人間は変化していく世界の中で、世界と調和しながら生きていくことができます。このような性質は、従来の工学的なアプローチで実現することは困難です。私は人間の脳のメカニズムを探求することによって、この困難を乗り越えていく方法論を探索していきたいと考えています。

庄野修 (Osamu Shouno)
1999年京都大学大学院理学研究科博士課程修了。在学中はウシの網膜やヤリイカ神経系の生化学・分子生物学の研究に従事。冬には三浦半島でヤリイカの実験を行ったが、ホルマリン酢けを作るばかりで刺身にはありつけず。理化学研究所脳科学総合研究センターに入所し、脳の個々の遺伝子やタンパク質といった細かな構成要素よりもシステムとしての振る舞いに興味があり、動物の行動学習と神経活動の分布の関係についての研究に携わる。2005年よりHRI-JPにて脳の構成論的なモデル化の研究に従事。
写真:庄野修 (HRI-JP研究員)
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